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ジュニア、トップ選手、強豪校を指導

宇田幸矢に求めたもの (8年間の指導を終えて)

宇田幸矢に求めたもの (8年間の指導を終えて)

東京都調布市富士見町には、1956年世界選手権東京大会女子シングルス優勝の大川とみさん (現 岡田とみ) のお宅があります。また明治大学卓球部の練習所・合宿所もあります。更に、宇田幸矢の家族も同じ町に住んでいます。全くの偶然です。

幸矢が私のクラブに来たのは幼稚園児の時です。お姉さんと一緒に来ていましたが、当時のジュニアクラブは明治大学の練習場を使っていて小学3年生以上しか受け入れないことにしていました。そこで、バンビ用の卓球台を購入し、1つ年上の松本累と2人だけのキッズ・クラブを創りました。指導するのは私と岡田ご夫妻の3人で、対する選手は宇田と松本の2人だけでした。幸矢の才能は、既に園児のときに顕著でした。フォアハンドをフルスイングで振り回すことができ、運動神経も良く足がよく動きました。

年長で全日本バンビに出場し予選リーグを通過しました。2年生で全日本バンビ優勝、4年生で全日本カブ優勝、6年生の全日本ホープスは不覚を取りましたが、全日本カデットでは圧倒して優勝しました。8年間の指導の中でいつも思っていたことは「天才と言われる選手にすること」でした。「宇田くん強いですね」「幸矢は凄いね」とよく言われましたが、全く嬉しくありませんでした。「宇田は天才ですね」いつもこの言葉を待っていました。幸矢には「余り動くなよ」「ちゃんと動いて打ったらダメだぞ」「決定球はバックハンドだ」と常に言っていました。才能のある子供を天才として伸ばさなければいけないので今迄どおりの考え方ではダメなのです。常識に囚われたらいけません。「誰からも好かれる人間になれ」「みんなが注目する選手になれ」これも将来スター選手になるために常に言い聞かせてきました。

小学2年生の全日本バンビ決勝戦。2-0リードから挽回されて2-2の最終ゲーム、完全に気持ちが萎えていました。3-5でタイムアウト「自分の試合なんだから責任を持ってやれ」小学2年生に対しては厳しい言葉でアドバイス、と言うより叱咤しました。そこから逆転して優勝してしまいました。ここから幸矢のチャンピオン・ロードの快進撃が始まったと思います。

JOCエリートアカデミーに入ることになりました。練習場もない、個人指導もない、練習時間も短い、自分より強い相手もいない、練習試合もほとんどしない、練習が休みの日が多い・・・このような私のクラブから、天国のようなエリートアカデミーの環境で練習することになります。

目標は、ずばり【2020年東京オリンピック金メダル】

まずは、中学2年生の全日本でランク入りすること、中学3年で全日本チャンピオン。世界ランキングは、中学生の間に30位以内入りしてキープする。高校では10位以内をキープすることです。今後、幸矢を指導する方々に「責任を持って指導してください」切にお願いします。幸矢だけに限らず、小さい時から頑張ってきた子供たちを新しい環境に送り出す者にとって、責任を持って指導してくれることが一番のお願いです。

平岡義博

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